アメリカで、フルタイム主婦

ふつーな主婦が送る、カリフォルニアでのチャレンジな日々。

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Katie

Auhtor:Katie


カリフォルニア
S.F.ベイエリア在住
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子供にやさしいアメリカ人たち

  アメリカに来た当初、私にとっては このことがとても印象的だった。

当時は娘がまだ2歳だったので、
どこに行くにも一緒に連れて歩いたのだが、
周りの人々はとても暖かい目で見てくれていた気がするのだ。

娘の手をひいて歩く私に、ドアを開けて待っていてくれる男性。

スーパーのレジで並んでいると、振り向いて娘に話し掛ける女性。

子連れで地下鉄に乗れば
(当時はボストンの郊外に住んでいたのですが、
ボストンには“T”という愛称のアメリカ最古の地下鉄があります)、
通勤時間帯の混雑時でも、必ず席を譲ってくれる人がいた。

「She is so cute.」

「She is beautiful.」

というほめ言葉を惜しげもなく(しかもちょっと大袈裟すぎるほどに)かけてくれる。
たとえご挨拶とは分かっていても 親としては嬉しいものだ。

レストランに入れば、ウエイターやウエイトレスが娘に話しかけ、
風船のプレゼントをくれたりする。
娘がなにか話しかけるときちんと相手になってくれるのも
偉いなあと感心してしまう。


また、公園に遊びに行けば 
ちょっと年上のお姉ちゃんなんかが楽しそうに娘の相手になって
遊んでくれたりするから驚きだ。
日本ではたかが2歳の赤ちゃんなんて、
邪魔にされるのがオチだったのに。

男の子だってやさしい。
娘が3歳ぐらいの頃、旅行先のホテルのプールで一緒になった
7-8歳くらいの白人の男の子は、
娘を笑わせようとあの手この手のパフォーマンスを披露してくれた。


こんな風に子供に優しいアメリカ人、ありがたいことなのだが
中には
「そ、そこまでしていただかなくても・・・」
と思うことがある。

うちの娘はうたを歌うのが好きだ。

子供の事だから いつでもどこでもお構いなしに歌うのだが、
とりわけトイレの中では気分よく歌えるらしい。

朝、起き抜けにトイレに入ると ドアを閉めた瞬間に絶唱が始まる。
私に叱られた後など、しょんぼりしながらトイレに入っても
ドアを閉めた瞬間に「~♪~♪~♪」と始まるので、
私の小言も馬耳東風、ぜんっぜん気にしちゃいないのねーとガックリくる。

また、トイレであれば自宅であろうと外出先であろうと関係なし。
個室のドアがパタンと閉まったその瞬間に、
彼女のスイッチが入るのだ。


そんな我が家の歌姫が3歳くらいの頃、
私は娘を連れてモールのトイレに入った。

女子トイレに個室がいくつかあったのだが、
トイレトレーニング中の娘と一緒に個室のひとつに入り、
娘を座らせる。

そしていつものように歌いだす娘。

彼女はトイレに座ったまま気分よく「Old Macdonald had a farm」を歌っていた。

この歌は日本語のタイトルは忘れたが、
「♪ いちろうさんの まきばで イーアイ イーアイ オー ♪」
というやつだ。

娘はこの歌をアメリカで覚えたため、英語で歌っている。
「Old Macdonald had a farm~♪E-I-E-I-O~♪ 」 

ちなみにこれを、
誤解を恐れずに敢えて日本語の発音に変換すると
「おーまくだーなる はーだーふぁーむ いーあい いーあい おー」
となる。
日本ではマクドナルドとよばれる「Macdonald」は、
英語で発音すると「まくだーなる」なのだ。


さて、トイレに入り、いつものように上機嫌で歌う娘。

「 Old Macdonald had a farm~…♪ 」

すると突然、となりの個室から

「E-I-E-I-O~♪」

と聞こえてくるではないか!

「へ?」と思わず顔を見合す母娘。

すかさず娘が

「・・・And on his farm he had some chicks…♪」

と続きを歌うと、またしても隣から

「E-I-E-I-O~♪」

と合いの手が・・・。


結局その方は個室を出てからも娘が一曲歌い終えるまで
付き合って下さったのだ。

・・・。

だが、この時は非常に驚いたが、もっと驚くことに
それがなんと一度きりではなかったのだ。

もちろん同一人物ではないと思うが(あたりまえ)、
娘の歌に合いの手を入れてくれたり 
一緒に歌ってくれたりする人
が何人かいた。

全てトイレの個室での話だ。
まったく親の私としては恥ずかしいやらありがたいやらで 
個室を出たときにはその方に軽く挨拶をするのだが、
たいてい50代前後の白人女性であることが多い。

けれども、この話を友人にして
「そうそう、アメリカ人て歌ってくれるんだよね~」
と共感してもらおうと思っても、
いまだかつて一緒に共感してくれた人はいない。
「そんな経験はない」というのだ。

つまりは外出先のトイレで歌うなんて うちの娘だけってことなのね。・・・。


さすがに今は外のトイレで歌うことは少なくなったけど、
家のトイレで熱唱する娘の声を聞くと
「ああ、今日も元気だ」
と妙に安心する母なのだった。

プロジェクトで思ったこと

さて、前回前々回のエントリーで、娘の学校でのプロジェクトについて アメリカではどんな風に学習が進められているか、また私が娘のプロジェクトのためにコスチュームを作ったことについて書いてきたのだが、今回のプロジェクトを通して、私にはちょっと思うことがあった。

日本の教育についてである。

確かにアメリカの教育は日本と比べて「自分で考える力」を身につけるための教育が小さい頃からなされている。自分で考え、人前で発表することに重点を置いているのだ。これは確かにアメリカの教育の優れているところだと思う。この点は日本など足元にも及ばないであろう。

だが、
日本の教育にもアメリカに劣らない優れた部分がある、
と思うのだ。

私がこのエプロンとスカートを作ることが出来たのは、ひとえに自分が中学時代に受けた家庭科の授業のおかげである。型紙を作ることも、生地を中表にあわせたり、縫い代をとったり、端の始末をしたたりしつけをかけたり、さらにはミシンの使い方だって中学時代に習得したものだ。あのときの経験が無かったら、きっとスカートを作るなんてトライしてみようとも思わなかったのではないか。

娘より年上のお子さんをもつ友人に聞いても、アメリカでは家庭科に相当する授業はないそうである。アメリカの教育は、州や学校区によって違う部分があるので一概には言えないが、少なくとも日本で私が受けた家庭科の授業に匹敵するほどのものは恐らくないだろう。

すると娘は将来、私が身につけた最低限の知識を一体どうやって習得するのだろうか。もし本人にそいういう興味があれば、その時はきっと私が教える機会もあるだろうし、自分でも積極的に勉強したりして身につけることは可能だ。

だが、もし興味がなかったら?
そして、それなのに今回の私のように、急に子供のためにスカートを作らなければならなくなったとしたら・・・?

そう考えると、アメリカと比べて何かと批判されやすい日本の教育も、捨てたものではないと思うのだ。少なくとも私は、最低限の裁縫の知識を身につけることが出来たのだから。

dolls
娘のクラスにて:みんなの作ったGreat Americanたち

同様のことは他の教科でも言える。
特にカリフォルニアでは予算の削減が著しくて、音楽や美術の授業が無い学校も少なくない。予算がないので音楽や美術の先生が雇えないのだ。で、もしも保護者の中に音楽や美術の心得のある人がいればまだ救われる。そういう保護者が先生としてボランティアで教えるのだ。・・・日本では考えられないでしょ。

日本の小学生のように、生徒全員がピアニカを演奏する経験をしたり、リコーダーの吹き方を習ったり(しかも一人一人が自分の楽器を持っているのだ)というのは非常に恵まれた教育だといえる。アメリカの小学生なんて、親が月謝を払ってピアノ教室にでも通わせない限り、ろくに音符も読めないのが現状だ。

今回の娘のプロジェクトは、やらなければならないこと以上に私にいろいろなことを考えさせてくれた。クララ・バートンについて知ることも出来たし、アメリカの教育、日本の教育、方向性は違うがそれぞれに優れたところがあることなどなど、また親として娘に何をしてあげられるか、改めて考えさせられる非常にいい機会だった。

アメリカ生活、いいことだけではないが悪いことだけでもない。親も子も、その時その時を精一杯やっていくしかない。結局はその積み重ねが自分の人生なのだから。

Clara

そして今日、娘の発表が無事終わった。
私もビデオを撮るために教室に行き、娘の発表を見守った。彼女はトップバッターだったので かなり緊張しているのが見て取れたが、それでも重圧に負けず最後まで立派にやり遂げたのだった。よく頑張ったね。I’m very proud of you, sweetheart!


プロジェクト「コスチューム作成」

先日のエントリーでお話ししたが、私は娘のプロジェクト「Great American Biography」のために、コスチューム作りに挑戦する羽目になった。

最終目的は娘に「クララ・バートン」に似た格好をさせることである。では、そのためには何をどうすればいいのだろうか。

クララ・バートンは、わずかに残っている写真によると上から下まで黒っぽいドレスを着ている。当時のファッションは足首までのロングスカートだ。また、髪は後ろで結っているスタイル。ということで、娘には上下黒の衣装を着せ、髪をシニョン(お団子ヘア)にまとめることに決めた。

そこで黒い衣装を用意する必要があるのだが、ファッション業界はもう春。今頃黒のロングスカートや黒のブラウスなど売っていない。ましてや娘はパステル系がお好みなので もともと黒など持っていないし、たった一度のプロジェクトのために、いつもは着ない服を買うなんてできない。

とりあえずスカートは自分で作るしかあるまいと腹を決めた。布を四角く切って、ウエストにゴムを入れればいいのだ。自信はないけど、やるしかあるまい。

問題はブラウスのほうだが、これはさすがに作れない。一瞬途方に暮れたのだが、幸い友人に借りることが出来たので解決だ。

となると、やはり課題はスカート作り。
早速JO-ANNという手芸専門店に出向き、生地を買うことにした。が、なにぶん裁縫関係は不調法な私。ひとくちに黒といっても、いろいろな素材があるし、第一どのくらい買えばいいのか検討もつかない。

そこで私はまたまた友人に助けを求めた。店内から友人宅に電話をかけ、彼女のアドバイスにしたがって生地はちょっと多めの2ヤードを購入することにした。さらにウエストに入れるゴムを忘れないように指摘され、それも購入。持つべきものはやはり友人だ。

そしていよいよ製作開始。
まず、娘のサイズを測って 彼女の足首まで届く長さのスカートの型紙をつくる。ゴムで縛るのでウエスト部分はゆったり目。スカートのすそ部分も足さばきがいいように広めにとる。まあ何となくそれらしくなればいいのだ。

スカート作成中
(左の人形はクララ・バートン。これもプロジェクトのひとつ。)

次に、布の上に型紙を置いてマチ針でとめ、縫い代部分を測って布に切り取り線を引く。チャコペーパーを使って縫い線を引くのも忘れてはいけない。そして度胸を決めて裁断し、アイロンで縫い代を折ったりしつけをかけたりして仮縫いし、最後にミシンでダダーッと縫って出来上がりだ。

おお、我ながら結構いい出来ばえ。
私が自己満足に浸っていると、
「マミー、白いエプロンも作って欲しいんだけど・・・」
との追加注文がはいる。
ぬぬっ。
そこでまたしてもJO-ANNに走り、今度は白い生地を購入してエプロンの作成に取りかかったのだった。

スカート出来上がり

やっと出来上がり。エプロンは、これからも使えるように ただの白い布ではなくて小花模様の透かし入り。何とかカタチになりそうで、ああ良かった。あとは娘のスピーチの練習に付き合ってやらねば・・・。

発表は明日。ガンバレ~


プロジェクト「Great American Biography」

現地校で現在3年生の娘は、ただいま学校で
アメリカの歴史上の偉人
について勉強している。このプロジェクトは1月の末から
始まって、3月末の今 佳境を迎えているところだ。

ではどんなプロジェクトかというと、、、
まず、先生がくれたリストの中から 自分が調べたいアメリカの
偉人を選ぶ。

男の子だったら ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンなど
が並ぶ男性リストから、
女の子だったら 作家のルイザ・メイ・オルコットとか
ローラ・インガルス・ワイルダーヘレンケラーなどの
女性リストから選ぶことになっている。
男性・女性それぞれのリストは25人くらいで、
私の知っている名前もあれば「誰ですか?」という名前も沢山ある。

そしてこのプロジェクトでは生徒一人一人が違う人物を選ぶこと
になっていて、第3希望までを先生に申告し、最終的には先生が
調整してどの生徒が誰を担当するかが決まるのだ。

娘の第一希望はローラ・インガルス・ワイルダーだった。
彼女も「大草原の小さな家」シリーズの愛読者だ。
(しかも彼女は私と違って英語の原作を読んでいる!)

第3希望がヘレン・ケラー。

だが 先生からのお達しで、娘は第2希望のクララ・バートン
担当することになった。

恥ずかしながら、私はこのクララ・バートンという人が一体何者なのか
知らなかった。娘がこの人を第二希望にしたのは、以前何かの本で
(たぶんMagic Tree houseだろう)この人のことを読んだことが
あるからだそうだ。(うちの娘は意外と読書家なのだ。)

さておき、娘はローラになれなくて非常に残念がったものの、
この「クララ・バートン」(Clara Barton)について調べることに
なった。
Clara Barton
(Clara Barton 1821-1912)

彼女の功績はいろいろあるが、最も有名なのはアメリカ赤十字を
創設した
ことである。
もともとは学校の先生だったそうだが、のちに南北戦争で看護婦
として従軍し、戦場の天使(The Angel of the Battlefield)と
呼ばれたそうだ。
戦場では敵味方の別なく傷ついた戦士を看護し、死にゆく兵士の
最後のメッセージを手帳に書き残しては、のちに家族に伝えたらしい。
その後、ヨーロッパへわたり国際赤十字で働いた後、アメリカに戻って
アメリカ赤十字を創設した、ということなのである。
(クララ・バートンについての詳細はこちら→Clara Barton Biography 英文ですが)

それでは、プロジェクトでは一体何をするのだろうか。
まず、生徒は自分の担当する人物についての資料集めを
しなければならない。先生の指示では、2冊以上の本と、
一つか二つのインターネットで調べた資料を用意せよ

とのことだ。

早速娘と一緒に図書館へ出向き、クララ・バートンの本を2冊借りた。
クララ・バートンの伝記を探し出すにあたっては、図書館の司書の手を
煩わせなければならなかったのだが、司書に物を尋ねることも一つの
勉強なので、全て娘に任せた。

インターネット上の資料集めはencyclopedia.comで検索した。
これはインターネット上の百科事典である。
インターネットでの検索は私も手伝ったが、娘は学校で既にインターネットを使っているし、過去にもプロジェクトで何度かインターネットでの資料集めをしたことがある。

そして資料が集まったらそれを学校に持って行き、その資料を基に要点をまとめて文章を作り、その人物に関するレポートを作成するのだ。
現在、娘のレポートは最終ドラフトの作成が終わって ほぼ完成の模様。

ここまでくるのに、本を読んで、ポイントを抜き出し、情報を整理して
文章にまとめるという作業をするわけで、3年生ともなると結構高度な
学習をしているんだなあと感心してしまう。

だが、プロジェクトはこれだけでは終わらない。

3月の最終週(つまり来週だ)、自分が調べた人物について、
クラスで発表を行うことになっているのだ。
そうすることで 他の生徒が担当した偉人についても、生徒全員が
知ることができるわけだ。

この発表はa first-person oral reportとガイドラインには書いてあるのだが、それは自分がその人物になったつもりで発表をするという意味だ。
娘の場合だったら「Hi, I’m Clara Barton.」とか言って始まるのだろうか。

しかも。

生徒が発表する際にはビデオ録画までするとのこと。

さらに。

その人物になりきるためにコスチュームまで用意しなければならないという念の入りよう。
それも最低3アイテムは用意しろという徹底振りだ。
娘いわく、「ロングスカートが要るよ、黒の。」
そんなもの、持ってるわけが無いでしょ。

となると・・・
そのコスチュームは誰が準備するんですか?
もしかして、私に作れって?

でたでた。
アメリカで俗に言う「子供の宿題は親の宿題」
この場合、娘のプロジェクトは私のプロジェクトだ。

そこで私は手芸専門店に出向いて生地を調達し、
コスチューム作りに挑戦する羽目になったのだが、
そのお話はまた別のエントリーでご紹介することにしよう。

やれやれ・・・私のエントリー、いつも長くてすいません。

簡単アップルパイ

このブログは主婦のブログのくせに あまり料理の話題がない。

そこで「いや、実はこんなのも作ってるんですよ」というところを
見せたくて(?)今日は娘のおやつにアップルパイを焼いてみた。
バナナブレッドやアンパンなどは 一から作ることもしないでもないが、
さすがにパイ生地をこねるのは億劫である。
そこで今日作ったのは 市販のPillsburyのパイ生地を利用した、
簡単お手軽アップルパイだ。

アップルパイ


Pillsburyの製品は、アメリカなら大抵のスーパーで見ることができる。
簡単に出来るクッキードウ、パイ生地、パン生地、ビスケット生地
などなど、いろいろな商品があって、どれも手軽に作れるのが魅力だ。

作り方はいたって簡単。
箱の側面に「Perfect Apple Pie」というレシピがあるので
そのとおりに作ればOK。

<材料>
リンゴ  5-6個 ←皮をむいて薄くスライスする
お砂糖  3/4カップ(甘すぎるので減らしましょう)
小麦粉  大さじ2
シナモン 大さじ3/4
塩    小さじ1/2
ナツメグ 小さじ1/8
レモン汁 大さじ1

あらかじめオーブンを400°F(205℃くらい)にあたためておく。
パイ生地を9インチのパイ皿に敷いておく。
そこに上記の材料を混ぜ合わせたものをダーっと流し込む。
その上に、もう一枚のパイ生地(2枚入りです)をかぶせて
周りを押さえ、表面の生地にナイフで切り込みを入れて
オーブンで40分焼くだけ。

家じゅうにアップルパイの焼ける匂いが漂って、
手抜きレシピの割には十分な達成感がある。

アップルパイといえば、
アメリカでは必ずアイスクリームを添えて食べることになっている。
初めてそれを聞いたときには
「・・・ったくアメリカ人は・・・」と思ったものだが、
これが結構イケルのだ。
アップルパイは、電子レンジなどで必ずアツアツにしておくこと。
そこに冷たーいアイスクリームを添える。
熱いパイと冷たいアイスクリームが渾然一体となって、
なんともいえない病み付きの美味しさなのだ。
未経験の方は ぜひ一度お試しあれ。
(ただしカロリー高めなのでご注意を)


TOP OF THE WORLD (WBC)

 夕べはWBCの決勝戦。強豪キューバを下して
見事日本が優勝した。
日本では号外まで出たそうで、大層な盛り上がりだったようだ。

WBC
(Donald Miralle/Getty Images : FOX SPORTS.COM)

私は昔からあまりプロ野球に興味は無い。
ただサッカーだけは、Jリーグ創設のころ一時的に熱くなったことはある
が、それもドーハで燃え尽きてしまった感がある。
今はただ個人的にGK川口君の活躍を心密かに祈るのみである。

そんな私でも、夕べの試合は観た。
後半はなかなかハラハラさせられたけど、結果的には10-6、
文句なしの勝利で素晴らしかった。同じ日本人として
海外で日本人の活躍を見るのは非常に嬉しい。

中でもイチローはやっぱりカッコよかった。
ここぞというときにキッチリ自分の役割を果たし、
期待通りの仕事をしてくれる、文字通りデキる男だ。

野球に興味がないといいつつも、ミーハーでもある私は
何度か大リーグでのイチローの試合を観たことがある。
サンフランシスコの東にあるオークランド球場は、
マリナーズにとってはAwayになるため、彼が打席に立つと
球場全体からブーイングの嵐だ。それだけアメリカ人にも
評価されているということなので悪い気はしない。
そして一塁側のスタンドは、私のようにデジカメや望遠レンズを手にした
日本人パパラッチたちでいっぱいである。

そんなイチロー、今回のWBC試合終了後はキューバ選手に
引っ張りだこだった。キューバ選手が自分のカメラでかわるがわる
イチローと肩を組んで写真を撮っているのだ。
うっ、うらやましいぞ。
イチローもにこやかに応じていて、なんとも心温まる光景だった。
さすが大物大リーガー、カッコよすぎるぞ、イチロー!

「おばさん」と「おばあさん」の違い

ある日の夕方。
私はいつものように娘を車の後部座席乗せて家に向かっていた。
私は頭の中で 今晩のメニューについて考えていた。
娘は、物思いにふけっているのか やけに静かで、
車内には穏やかな沈黙が流れていた。・・・

・・・が、突然

「ねえマミー、おばさんとおばあさんって どう違うの?」

私は思わず運転席からずり落ちそうになった。

娘は時々こうやって突拍子もない質問で私を驚かすのだが
英語と日本語、一体どっちが母国語なんだか
非常にあやしい彼女にしてみれば大真面目。

私のほうも、普段の会話ではこれといって危機感もなく
つい見過ごしてしまっているのだが、
そうやって些細なことでも聞いてくれると
「そっか、そういう言葉も 実は意味がわかってなかったか」
と再認識するので、質問してくれることは非常に重要だ。

娘にも普段から
「分からない言葉があったら いつでも聞いてね」
「質問することは 恥ずかしいことじゃないからね」
と言い聞かせている。
なのでどんな質問であっても 真面目に答えなければならない。

「えーっと・・・おばさんっていうのはauntでぇ、おばあさんはGrandmaよ。」

だが、彼女が聞きたかったのはそういうことではなかった。
つまり、ある年齢に達していると思われる女性に対する
一般的な呼びかけについてだ。

「えーっと・・・」
と言いながら私は言葉に詰まる。
実は私、自分がハッキリとそうであることを認識しているにもかかわらず
未だに自分で自分のことを「おばさん」とは言えない、
踏ん切りの悪い人間なのだ。

よく、我が子の友達などに対して 自分のことを
「おばちゃんが・・・」などと なんの抵抗もためらいもなく
言える人がいるが、どうも私にはそれが、その一言が、言えない。
そういう状況になったときは、なんとなくモゴモゴしながら
「あの、わ、わたしが・・・」などと言ってしまって、
子供相手に何をおろおろしているんだか、全く情けない有様だ。

いや、私のことはどうでもいい。
ここで私が問題にしたかったのは そういうことではない。

どうも娘は、
「おばさん」と「おばあさん」がちゃんと聞き取れていないようなのだ。
「あ」の一字が有るのと無いのが聞き分けられていないため、
別の言葉だとは認識されていなかったらしい。

「お姉さん」より年上の「知らない女の人全般」というくらいは
わかっているようだが、その中でさらにまた年齢による使い分けが
あろうとは思っていなかったのではないか。

類似の例として「おじさん」と「おじいさん」というのもある。
また、「まぶしい」と「まずしい」も音が似ているため
彼女の頭の中では混同されている。

他にも普段何気なく使っている言葉なのに
じつはちゃんと聞き取れていなくて、
文字にして書かせると どうしてこういう風に聞こえるのか、
という事がよくある。

英語学習についてよく言われていることで
「聞き取れない音は発音できない」
というのがあるが、日本語も同様だ。
なので 娘が間違えるたびにその都度
はっきりと発音して聞かせている。

だが娘の場合はさらに、というか ある意味あたりまえだが
聞き取れていないから意味の違いもわからないのだ。

限られた日本語環境の中で生活している彼女にとっては
この手の間違いは仕方がないかもしれない。
私も、そんな彼女にカンペキを求めるのは酷だとは思っている。

だが、「おばさん」と「おばあさん」が別の言葉であることだけは
この際だから娘にはキッチリ理解しておいてもらいたい。

なぜならば・・・
娘のような帰国子女とでもいいましょうか、
あるいは片言の日本語を話す外国人でもいい、
とにかく日本語が流暢ではないと分かっている相手だとしても、
そしてどんなに悪意のかけらも無いと分かっている相手だとしても、
私のようなまだまだ女ざかりの女性がうっかり「おばあさん」などと
呼びかけられてしまったら・・・

いくら理性では仕方ないこととは思っていても、
私ならきっと平静ではいられまい。
顔で笑っても目が笑ってない、ということになりかねない。
だって「おばさん」ですら受け入れがたいんですもの。

それでは「おばさん」と「おばあさん」の境界はどこか。
深く考えるとこれまた非常に微妙な問題で、
大人の私でも的確な状況判断が必要とされる事柄だ。
娘には一体なんといって説明したらよいものか・・・

間違った用法で無用の恨み(?)を買わないよう
十分気をつけて指導していかなくてはいけないと
改めて思ったのだった。

日本語も難しい!

アメリカでみるジブリ作品

先日のアカデミー賞では惜しくも受賞を逃した「ハウルの動く城」だが、
嬉しいことにアメリカでもスタジオジブリのDVDを手に入れることが
出来る。私も早速「ハウルの動く城」を購入して家族で観た。

ハウルの動く城

ジブリ作品はディズニーが配給元となって販売されていて、最近では
ハウルだけでなく 過去のジブリ作品のほとんどがアメリカでも
リリースされている。(詳しくはStudioGhibliDVD.comをみてね)

タイトルは 英語でこんな風になってます。

「ハウルの動く城」   Howl’s Moving Castle
「千と千尋の神隠し」  Spirited Away
「となりのトトロ」     My Neighbor Totoro
「魔女の宅急便」    Kiki’s Delivery Service
「天空の城 ラピュタ」 Castle in the Sky
「風の谷のナウシカ」  NausicaA of the Valley of the Winds
「紅の豚」        Porco rosso
「もののけ姫」     Princess Mononoke
「耳をすませば」    Whisper Heart
「猫の恩返し」     The Cat Returns

作品によって価格は違うが、新作のハウルでも20ドル弱だった。
(他に「平成狸合戦ぽんぽこ」なんかもあるらしい)

タイトルだけでなく、アメリカで販売されている以上は音声も当然
英語の吹き替えになっている。だが、そこはDVDのいいところで
日本語音声に切り替えることも可能なのだ。つまり、アメリカで
日本語オリジナルの作品が楽しめるという素晴らしさ!
アメリカ在住のジブリファンには嬉しい限りなのだ。

ここで「ハウルの動く城」についての個人的な感想をひと言。
前作「千と千尋の神隠し」は 日本の現代社会を風刺した非常に
メッセージ性の強い作品だったが、今回のハウルは ジブリ作品には
最近珍しいと思われるBoy meets Girl的要素があって新鮮だ。
キムタクの声も良かった。
俳優としてのキムタクには正直「?」と思う私だが、
今回はキャラクターのイメージピッタリでとてもよかった。
ただ、相手役ソフィーの声が倍賞千恵子サンというのはいかがなものかと。。。
声にも年齢が出ますからね。若い声にちょっと無理というか違和感があるような。
もうちょっと他に人はいなかったのかな。
それか、年齢によって二人のキャスティングでも良かったのではないかなー、
というのが私の感想でした。

#アメリカで販売されているDVDはリージョンコードが違うため、
 日本で販売されているDVD装置では見ることが出来ませんので
 ご注意を。

鉛筆が、・・・トキントキン?

先日のエントリー「アメリカの鉛筆は最悪」で、アメリカの鉛筆を
さんざんコキ下ろした私だが、もうひとつ鉛筆がらみのお話を。

私が子供のころ、家では鉛筆を削ることを
「鉛筆をトキントキンにする」
と言っていた。
「トキントキン」とは、きれいに削られて芯が非常にとがった状態を表わす
擬態語なのだが、私は大人になるまでこれは標準語だとすっかり思い
込んでいた。
つまり、雨が「ザーザー」降るのと同じように、誰もが疑問の余地も無く
知っている、使っている表現だと思っていたのだ。

だから娘に「鉛筆、ちゃんとトキントキンになってる?」
と何気なく声をかけた時、
横で聞いていた夫が「はあ?」というのでビックリしてしまった。
「トキントキン」を知らない人がいる?

そして私は知りました。それって実は私の実家でのみ通用する言葉だったなんて。
そういえば、小学校も中学年になるとシャープペンシルを使うようになったので
鉛筆を使うこともなくなり、それに従ってトキントキンという言葉を外で使う機会が
なかったかも。小学校1~2年生のころは鉛筆だったけど、そのころの記憶はない。
だから「トキントキン」を聞きとがめられた覚えもなかったのだ。
だけど 一緒に暮らしていた弟だってその頃は一緒に「トキントキン」と言っていたはず。
彼はいつ気づいたのか・・それともまだ知らないのだろうか・・・。

にしても、なんかショックだった。
「トキントキン」って、いかにも「とがってます!」
っていう感じが出てて、とってもいいと思うんだけど・・・

だが、それを知って以来「トキントキン」を口にするのはやめた。
ただでさえ「あやしい日本語」をあやつる娘には、やっぱり教えないほうが
よさそうだから・・・。

カリフォルニアで鼻血が出るわけ

 3月の半ばに入るというのに、北カリフォルニアはまだ寒い。
特に今年は例年になく冬が長い気がする。
雨が続いて一向に気温が上がらない日もあれば
朝からピカッといいお天気でも、風がものすごく冷たかったり。
おかげで暖房費もバカにならない。

昼間一人で家にいる時は特に寒い。
家事をして動いている間はいいのだが ちょっと一休み、
と思うとたちまち寒くなる。
こんな時、家全体を暖めるセントラルヒーティングは不経済だ。
仕方なく、まるで外に出るかのようにダウンベストなんぞ着込んで
震えながら夕べの残り物なんか食べたりしていると、
なんだかとっても悲しくなってしまう。

そんな今年の冬、娘が頻繁に鼻血を出すようになった。
私は昔から滅多に鼻血の出ない人間なのだが、娘は夫に似たせいか
赤ん坊の頃から割とよく鼻血をだす。

なので今回も最初はあまり気にも留めていなかったのだが、
しょっちゅう
「今日 学校で鼻血が出た」
「寝てる間に鼻血が出た」
などと言われると、なんとなく心配になってくる。

気になって、鼻血が出た日をカレンダーにつけてみると
ほぼ週一回のペースだ。そう思うとますます気になって、
ますます心配になってきた。

鼻血と聞いて、私がまっ先に思い出したのが ご存知「セカチュウ」
本来なら悲しい映画は好きではないので 見ないようにしてるんだけど、
セカチュウだけは なぜか映画版もTV版も両方見てしまった。

「そういえば あの主人公もしょっちゅう鼻血だしてたよね・・・」

まさか うちの子が!?
あんなに元気なのに!?

でも現に娘は頻繁に鼻血を出している。
またしても娘が「鼻血でた~」と報告してきたので、
まさかとは思うが念のため病院に連れて行くことした。

「今日はどうしましたか?」と訊ねるドクターに、
私はこのところ娘が頻繁に鼻血を出していることを話した。
するとドクターは、親族に血液関係の病気をした人はいないか、
頭や顔をどこかに強くぶつけた事はないか、などと質問する。

血液関係の病気をもつ親族はいない。別にぶつけてもいない。
そういうと、今度は娘の鼻の中を調べ始めた。
そしてドクターはおもむろに私に向き直り、口を開くとこう言ったのだ。

「空気が乾燥しているせいですね」

確かにカリフォルニアは空気がとっても乾燥している。
夏場は乾季のため雨が降らないからとってもドライ。
だけど雨季の冬場も暖房の使用によって夏に負けないくらい
乾燥しているのは確かだ。
夜間は特に乾燥していて、朝 起きたときは喉がカラカラ。
我が家では家族全員、枕元に水のボトルを常備しているほどだ。

つまりドクターが言うことには、空気の乾燥によって鼻の粘膜が
切れてしまい、それで鼻血が出るということなのだ。
また、鼻血なんて子供には良くあることだ、とも言う。

「それにしたって週一回は多すぎませんか?」

と私は食い下がった。
鼻血がよくあることなのは 親の私が良くわかっている。
それでも心配だから連れてきたのだ。
別に娘を病人に仕立てたい訳ではないが、連れてきたからには
たとえば血液検査とかなんとか、もうちょっと念入りに診てくれないのか。

だがドクターは
「それじゃ、毎晩寝る前にVaselineを鼻の穴の中にぬってみて」と言う。
は?
という顔をしている私に ドクターは
「Vaseline Petroleum Jelly」と紙に書いて渡してくれた。
「綿棒を使うと簡単だから。それでも続くようだったらまた電話して」

Vaseline Petroleum Jellyとは、日本では確か「ワセリン」という名前で
販売されていたと思う。ちょっとしたやけどや切り傷、お肌の保湿など、
オールマイティーに使われている軟膏だ。
ベビー用品のコーナーなんかにも置いてある。

さて、私はドクターの書いてくれたメモを手に、
なんとなく釈然としないまま娘を連れて家路についた。
言われたとおり 毎晩Vaselineを娘の鼻の穴にぬる。

だがそれ以来、娘の鼻血は出なくなった。
乾燥している、といわれて思い出したのだが
毎年 我が家では冬場は必ず加湿器を使うのに、
今年に限って、なぜかすっかり忘れていたのだ・・・。

Vaselineと加湿器のおかげで、私の心配も 取り越し苦労に終わった。
良かった、血液検査なんかしないで・・・。

気前のいいTooth fairy

 Tooth fairyとは、文字通り「歯の妖精」。

この妖精は、なぜだか知らないけど子供たちの抜けた歯を集めている。

アメリカの子供たちは歯が抜けると、
その晩は枕の下に抜けた歯を忍ばせて眠りに付く。

するとTooth fairyがどこからともなくそれを嗅ぎ付けてきて、
その歯を持って行ってしまうのだ。

もちろんタダで持っていくわけではない。
代わりにお金を置いてってくれるという、
なんとも気前のいい妖精だ。


先日、娘の下の犬歯が抜けた。

キンダーから1年生にかけて、上下の前歯4本づつ、
計8本が相次いで抜けたが、
2年生の時は一本も抜けなかったので
今回は久々のTooth fairy登場である。


ところで、初めて娘の歯が抜けた時は、そりゃもう大騒ぎだった。

なんせ学校ではもう歯が抜けたお友達が何人かいる。
つまりTooth fairyの存在は既に子供同士で話題になっていて、
「いつかは自分の番!」と、
歯がグラグラするのをみんな心待ちにしているのだ。

でもTooth fairyは自分の家にも本当に来てくれるのだろうか?

「ねえマミー、Tooth fairyってホントに来るの?」
「・・・そりゃあ来るんじゃない?」
「ちゃんと歯を見つけてくれるかなぁ」
「ジップロックに入れておいたから、すぐ見つかるよ。」
「Tooth fairyってマミーの子供の頃にも来た?」
「ううん、来なかった。日本には来ないんだよ、アメリカだけ。」
(アメリカだけかどうかは知らないが、少なくとも私の家にはいなかったよ。)


そして翌朝、娘は一番に枕の下を確認する。
すると、夕べのジップロックの中身が見事入れ替わっていて
Tooth fairyは歯の代わりにちゃんとお金を置いてってくれているのだ。


もし抜けた歯を失くしちゃったら?

ご心配なく。
我が家ではまだ失くした経験は無いけど、
そういう場合大抵の子供は手紙を書くらしい。
すると親切な妖精はやっぱりお金を置いてってくれる。

だが、忙しい妖精のことだから
たまに歯を取りに来るのを忘れてしまうこともある。

そんな時、子供は当然失意のどん底だが、
その傍らで親も相当うろたえているはずだ。
幸いなことに我が家ではまだそんな事態は起こっていないが・・・。


ところでTooth fairyは一体幾らぐらい置いていくものなのか?

それはどういう訳か各家庭によってちがうのだが、
昔、私が周囲の人にリサーチしたところによると
クォーター(25セント)が相場とのことだった。

そのためかどうか、我が家のTooth fairyはいつも
クォーターを置いていく。

ところが相場というのは時代とともに変化するもので、
後から聞いた情報によると最近の相場は1ドルだという。

私 「ウチのはいつもクォーターだけど、相場は1ドルらしいよ」
夫 「ふーん。でもいきなり値上がりしたら、なんか不自然だよね」


ところが、娘のほうも学校でお友達といろいろ情報交換しているらしく、
キンダーのときはクォーターでも何も言わなかったのに、
1年生にもなると

「Amandaの家のTooth fairyはdollar(1ドル)だって。」

「Naomiの家はオモチャをくれるんだって。」

と、しきりに他家のTooth fairyの気前のよさを報告してくる。

が、そんな圧力にも屈せずウチのTooth fairyは
娘の前歯計8本に対して、
かたくなにクォーターを置き続けた。

だが今回は久々の登場。
しかも娘はもう3年生。

おまけに、今年に入ってから彼女はお人形を買うために
コツコツとお小遣いを貯めている。
なのでTooth fairyは貴重な財源
dollar(1ドル)とquarter(25セント)では大きく違う。

姿なきTooth fairyは、今回はいったい幾らくれるのだろうか。


気が気ではない娘は、何度も何度も私に尋ねる。

「ねえマミー、今度もTooth fairyはquarterなのかなあ」
「さあねえ、どうだろう。」
「でも、もう3年生なんだよ・・・」
「うーん、そうだねー」
「dollarくれるといいんだけど・・・(涙目)」
「・・・」

この時、私もつい同調して
「dollarくれるといいねえ」
ぐらいは言ったかもしれない。

だってしつこく聞くんだもの。

だが私は別に、何も保障したつもりはなかった。

第一、妖精が考えている事など、私が知るはずがないではないか。

なのに娘は

「この袋じゃ小さすぎてdollarは入らないかもよ?」

などと心配している。

「あのね、ホントにdollarくれるかどうか、マミーは知らないよ・・・!」


そして翌朝。

「見て見て!」

と興奮気味にやってきた娘。

「dollar入ってた!」

満面の笑みである。

あれだけ言わればどんな妖精だってたぶん1ドル札を入れるだろう。
なんたってTooth fairyは子供の喜ぶ顔が見たいのだから。

それにしてもTooth fairy、
歯なんか集めて一体どうするつもりだろうか。

驚きのもったいない文化

先日のエントリー「アメリカの鉛筆は最悪」では、ただ鉛筆への不満を
ぶちまけただけのつもりだったのに、何人かの方々とコメントをやり取り
するうちに、アメリカでの文化・価値観について奥の深い話に発展してきた。
それについてはここでは触れないけれど(良かったらコメント見てください)、
今日はそういうコメントのやり取りから思い出した私の驚きの体験話をしよう。

アメリカは、はっきり言って「使い捨て」の文化だ。
思いっきり潔くモノを捨てる。
バーベキューをすれば、紙皿、紙コップ、プラスティックのフォークや
スプーン、ペーパーナプキンなどなど、大量のゴミがでる。
モールのフードコートなどでも、ゴミ箱には食べ残しはもちろんのこと、
飲みかけのドリンクもそのままポイ。日本だと、最近はゴミ箱の隣に
小さなシンクがあって、液体と氷はちゃんと各自で流してから捨てるのが
エチケットのようだが。

学校での鉛筆を削る仕事の時も、先生からは
「このくらい短くなった鉛筆は捨てて頂戴」と言われているのだが、
このくらい、は私にとってはまだまだ現役の長さだ。
さらに先生は「消しゴムが無くなった鉛筆も捨てていいわ」と言う。
学校で使う鉛筆には消しゴムが付いているのだが、生徒は字を消す時には
普通の消しゴムではなく、鉛筆の消しゴムを使うように指導されているようなのだ。
これも私には理解不能。鉛筆に付いている消しゴムなんて、大して良く消えないし、
第一消しゴムが無くなったらその時点でどんな鉛筆もポイ、なんて日本だったら
もったいないお化けが激怒する。

だが、そんなことではいちいち驚いていられない世界に身を置いている私でも、
こればっかりはさすがに仰天したということがある。

あれは娘が3歳の頃。当時彼女はあるプリスクールに通っていたのだが、
ある朝、私はいつものように娘を連れて教室に入った。
その日はいつもと違い、教室の真ん中に室内用のお砂場が設置されていた。
室内用の砂場ってどんなものかというと、ちょっとしたテーブルくらいの面積
で、それが15センチくらいの深さの箱になっていて、子供が立ったまま遊ぶのにちょうどいい高さの足が付いているものだ。(分かりにくくてごめんなさい)

そしてその中には普通、トイザラスなどで売っている砂遊び用の砂を入れるのだが、その日私が見た砂は、どうも普通の砂ではないみたい。
色は白っぽくて砂のようなのだが、一粒一粒がやけに大きい。
何だろう?と思って近くに寄ってみた私は、一瞬息が止まりそうになった。

子供たちが砂の代わりに遊んでいたのは、なんとお米だったのだ!
お米!お米!お米だよ?あの、日本人の大切な主食であるお米・・・!
いや、厳密にいうとそれは日本のお米ではなくて、タイ米のような細長いお米だった。
タイ米は、確かに日本のお米よりはずっと安く買えるみたいなんだけど、
それにしたって誰かが汗水たらして働いて収穫したお米には違いない。
それを、子供たちは何の疑問も持たずにスコップですくってバケツに入れたり
手でかき混ぜたりしている。当然床の上にもこぼれたお米が散らばっていて、
子供たちはその上を土足で踏みしめ、歩き散らしているのだ。

私は言葉を失った。
だが心の中で、これはやっぱり日本人としては先生に抗議したほうがいいのか、
だけどたとえ言葉を尽くして言ってみたところでアメリカ人の先生にはきっと
何も伝わらないに違いないとか、でも日本人として黙っていてはいけないとか、
ものすごい葛藤があった。
でも結局私にできたのは、逃げるように早足でその場を立ち去ることだけだった。
この出来事は非常にショックで、また何も言えなかった自分に対しても釈然とせず、
今でも思い出すと情けなくなる一件だ。
(もちろん娘には家でよくよく食べ物の大切さを言い聞かせましたが・・・)

その後、娘はいろいろな理由で別のプリスクールに通うようになったのだが
お米の砂遊びを目撃したのは後にも先にもあれっきりだった。
だが、そもそもアメリカではごく気軽に食べ物を使って遊ぶ
たとえば、マカロニに色をつけて糸を通し、ネックレスにするとか。
画用紙に絵を描く代わりにシリアルやレーズンを貼り付けたりとか。
クリスマス時期に見かけるジンジャーブレッドハウス(お菓子で作った
お菓子の家です)だってまさにそうではないか。

こういう世界で子育てをするって本当に難しい。
でも日本人である娘には、やっぱり食べ物の大切さを知って欲しい。
モノを大切にする感覚も身に付けて欲しい。これは大人の私にとっても
時として難しいことではあるのだけれど、それでもやっぱり親である
私がしっかり教えていかなくてはいけないなと改めて感じたのだった。

                                   

ところでアメリカって、食べ物を粗末にする割にはガレージセールとか
困ってる人への寄付とか、そういったリサイクル文化は日本より
発達していると思われる。それがまた不思議。それはそれ、これはこれ、
次元が違うと言ってしまえばそうなのかもしれないけど・・・。

アメリカの鉛筆は最悪

タイトルからいきなり感情的な言い方になってしまったが、
私の正直な感想だ。(どこかで気を悪くされた方がいたらゴメンなさい)
なぜ今ごろ鉛筆に腹を立てているのか?それはこういう訳だ。

週に一度、私は子供の学校でボランティアをしている。
仕事は「Classroom Helper」、つまり先生の指示のもと、教室内での雑用をこなす。
今日も早速、ファイリングやら答案の採点やらの仕事を言い付かったのだが、
その仕事が終わってもまだ30分くらい時間に余裕があったので
「鉛筆を削ってきましょうか?」と先生に申し出た。

ところで、アメリカの小学校では、学年が始まる9月に、
生徒がその年に使う文房具をまとめて学校に持ってくるのが一般的だ。
鉛筆3ダース、色鉛筆1セット、クレヨン24色いり2箱、
消しゴム12個、糊12個、ジップロック2箱、クリネックス2箱・・・
という具合で、1年分なので結構大量だ。
また学年によって必要なものは違うので、学校のオフィスでリストをもらい、
夏休みも後半になると親は学用品の購入に奔走する
そして一旦学校に持ってきたものは先生が管理し、クラスでの共有物となるのだ。

鉛筆も、日本の小学生のように各自が筆箱に入れて持ってくるのではない。
娘のクラスの場合だと、きれいに削った状態の鉛筆が教室の片隅の「New」と
書かれた空き缶に何十本もまとめて入れてあり、生徒はそこから鉛筆を持っていく。
そして、使って丸くなった鉛筆は「Old」の缶に入れておくと、あとで先生や
アシスタントの先生や私のようなボランティアが削って
また「New」の
空き缶に入れておくシステムになっているのだ。

なので、私もしょっちゅう鉛筆削りの仕事をする。
前振りが長くなってしまったけど、じつは
私のご立腹は初めてこの仕事をした時から始まっているのだ。

まず、教室とは離れたコピー室に全クラス共有の電動鉛筆削り
置いてあるのだが、これがひどい。
鉛筆を穴に差し込んでも前後左右にグラグラしながら削れていく。
いや、削っているようでよく削れていない。刃が鈍っている~?
おまけに何度鉛筆を差し込んでもあまり削りカスも出なくて、
どうやら鉛筆に刃がキチンと当たっていないような感じなのだ。

別にこの鉛筆削りが古いせいではない。わりと新しい鉛筆削りを使ってみても
同じようだった。何度やっても先がとんがらない。肉眼で見ても明らかに丸い。
日本の鉛筆削りのシャープな仕事ぶりに慣れている私にとっては
全く削った気がしない。仕事がはかどらなくて、全くもって困るのだ。
日本の鉛筆削りだったらこんな品質はありえない。

それとも、子供がとがった鉛筆を誤って手に刺したりしないように(経験者)
わざとあんまりとがらないようにしているのか?
この削れなさも実は子供たちへの安全上の配慮なのだろうか?
と、何十本もの鉛筆を削りながらつい深読みしてしまうほどだ。

それに加えてまた鉛筆ときたら。
そもそも鉛筆の芯が、中心にちゃんと真っ直ぐ入っていないのではないか。
上手く説明できないのだけど、何度削っても芯の片側だけ削れていて、
反対側はうっすらと木の皮をかぶっているような状態。
つまり、その鉛筆で字を書こうとするとどうしても鉛筆の木の部分が紙に
当たってしまって、ちゃんとは書けないであろう状態なのだ。
これも私の感覚で言えば不良品だ!(感情的)

家では、娘は日本製の鉛筆を使っている。
なぜかというと字を書く初心者だった娘にとって、書く練習をするには
芯のやわらかい日本製の「書き方鉛筆」のほうがいいと思ったからだ。
それにキティちゃんとかのカワイイ鉛筆で娘の気を引こうと思ったのも
大きな理由の一つである。
アメリカ製で芯の柔らかい鉛筆って、アート用の鉛筆しか見たこと無かったし、
見た目も黒とか黄土色の事務用品的なものばかり。
いや、模様のついてる一見可愛げな鉛筆もあるにはあるが、パーティグッズの
コーナーに置いてあったりして、あまり学用品という位置づけではないようだ。

鉛筆削りも、日本へ一時帰国したときに買ってきたのを使っている。
私は電動は音がうるさくて好きではないので、
手動でハンドルをクルクルと回すタイプ。

そんなわけで、アメリカの鉛筆&鉛筆削りがこんなに最悪だったとは
今の今まで気づかなかった。
そういえばノートや定規なんかの他の文房具も、品質はともかく
見た目はかなり事務的で、はっきり言って可愛くない。

唯一、可愛い文房具が買えるのは「Sanrio shop」つまりサンリオのお店ね。
最近あちこちのモールで見かける。
でも地味な文房具に比べたらやっぱり高いので、普通は買わないかな。

私が子供の頃に使っていた文房具に比べると、かなり質素で粗悪な(?)
学用品を使っている娘にちょっと憐憫を覚える母なのであった。
それとも、日本の小学生が贅沢すぎるのか?!

毎週木曜は粗食の日

我が家では週に一度「粗食の日」というのを設けている。
毎週木曜日がそうだ。(私が勝手に決めたんですけどね)

新鮮な魚が手に入りにくいアメリカでの食生活、
どうしても肉料理に偏りがちになってしまうので
1日くらい動物性たんぱく質を取らない日があってもいい、
いや、あったほうがいいんじゃないかなーと思うのだ。

私の手元には「子供と食べる自然でおいしい家庭料理」(童話館出版)
という本があるのだけど、ここでは肉料理ばかりが食卓に並ぶことの
弊害、病気との関係について触れられている。
また、食品添加物と農薬についての危機感や、
玄米食の素晴らしさについても語られていて、
ここ数年で食生活と健康について関心を持ち始めた私にとって、
オーガニック野菜や玄米食に切り替えるきっかけにもなった本だ。

ところで、「粗食の日」のメニューはどんなものかというと・・・

まず玄米ご飯。粗食の基本だ。
それと、野菜とお豆腐のお味噌汁。出汁はもちろん煮干しだしでね。
メインのおかず(?)は納豆
娘は納豆の中に小女子を混ぜるのがお気に入りで、
私はネギか大根おろしを加えて食べるのが好きだ。
夫は、納豆+小女子+海苔の組み合わせ。
(夫と娘の嗜好は酷似しているのだ)

それに野菜サラダと、あれば前日の残りの煮物なんかが加わったりする。
最後に季節のフルーツね。
基本的に粗食の日のメニューはこんな感じ。

夫:「それってただの手抜きの日でしょ」

いえいえ、とんでもない!ただの手抜きじゃありません。
確かにシンプルではあるけれど栄養面ではノープロブレム、バランスもOK。
植物性たんぱく質、ビタミン、ミネラル、カルシウムだってバッチリよ。
食物繊維もたっぷりだし、成人病予防にだって効果抜群なんだから。
もっとも、こんなメニューでも玄米ご飯だから安心していられるというのも確かだけど。

夫:「ところでどうして木曜日なわけ?」

それはね、毎週木曜日は娘の習い事の送り迎えで忙しいから。
彼女のピアノと歌のレッスンが終わって家に帰るともう5時半でしょ。
それから宿題を見たり何だかんだで、手の込んだご飯作ってるヒマなんかないのよ。

夫:「なんだ、やっぱり手抜きじゃん」

いえいえ、とんでもない!ただの手抜きじゃありません。
確かにシンプルではあるけれど・・・(以下くりかえし)

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